自社株の遺留分対策|民法特例(除外合意・固定合意)とは何か
公認会計士・税理士の筧です。
後継者に自社株を集中させると、他の相続人の遺留分を侵害してトラブルになりやすい。この問題に対応できる数少ない法的手段の一つが、経営承継円滑化法の「民法特例」による除外合意・固定合意です。ただし推定相続人全員の合意が必要という実務上の高いハードルがあり、使える会社は限られます。
よくある質問
Q1. 後継者に自社株をすべて贈与すれば、他の相続人は文句を言えないのでは?
言えます。生前贈与された自社株も、相続開始前一定期間内のものは遺留分算定の基礎財産に加算されます。後継者が受け取った株式の評価額が高いほど、他の相続人から遺留分侵害額請求(旧・遺留分減殺請求)を受けるリスクは大きくなります。
Q2. 遺言や生命保険の活用だけでは対策にならないのですか?
遺言で株式の承継先を指定しても、遺留分を侵害する内容であれば請求される可能性は残ります。生命保険は遺留分算定基礎財産に含まれない代償資金の準備として有効ですが、株式そのものを遺留分の計算対象から外す効果はありません。除外合意・固定合意は、この「計算対象から外す」という部分に踏み込める、現行制度の中でも数少ない枠組みです。
Q3. 民法特例を使えば必ず遺留分トラブルを防げますか?
いいえ。推定相続人全員(後継者を含む)の書面合意が前提のため、1人でも反対すれば成立しません。合意が取れても、対象外の財産(自宅・預金等)を巡る争いは別途残ります。万能薬ではなく、あくまで自社株集中に伴う争いを限定的に抑える制度です。
なぜ自社株の遺留分対策が必要になるのか
毎月の事業承継の面談で、必ずと言っていいほど出てくる相談があります。「後継者である長男に株式を集中させたいが、次男・長女にも遺留分がある。どうすればいいか」というものです。
非上場の中小企業の場合、自社株の評価額は会社の業績や内部留保によって高くなっていることが珍しくありません。相続財産の大半が自社株で、現金や不動産がほとんどないケースでは、後継者が単独で株式を相続(または生前贈与で取得)すると、他の相続人の遺留分を大きく侵害してしまいます。
侵害された相続人は「遺留分侵害額請求」を行うことができ、後継者は金銭でこれに応じる義務を負います。ここで多くの会社が直面するのが、次の事態です。
- 後継者に請求額を支払うだけの手元資金がない
- 株式の一部を他の相続人に譲らざるを得ず、経営権が分散する
- 代償金を用意するために会社から借入・配当を行い、資金繰りが悪化する
つまり遺留分の問題は、家族間の感情論だけでなく、会社の資金繰りと経営権の安定に直結する経営課題です。
除外合意と固定合意の違い
経営承継円滑化法の民法特例には、2つの合意類型があります。
除外合意
先代経営者から後継者に贈与等された自社株式について、遺留分を算定するための財産に「算入しない」ことを、推定相続人全員で合意する制度です。この合意が成立すると、後継者が受け取った株式の価値がどれだけ上昇しても、他の相続人の遺留分計算には一切反映されません。
株式の値上がりリスクを後継者の経営努力の成果として切り離せるため、後継者が思い切って経営に打ち込める環境を作れる点が最大のメリットです。
固定合意
自社株式の評価額を、合意した時点の価額に「固定」する制度です。将来、後継者の経営努力で株価が上昇しても、遺留分の計算は合意時点の評価額のまま行われます。逆に、経営努力とは無関係な外部要因で株価が下落した場合でも、遺留分算定額は下がりません。
除外合意ほど後継者に有利ではありませんが、「株式は遺留分の対象から完全には外したくないが、後継者の努力による値上がり分は除きたい」という家族には固定合意が選ばれることがあります。
なお固定合意を使う場合、合意時点の株価が「相当な価額」であることについて、税理士・公認会計士・弁護士等による証明が必要とされています。恣意的な低評価で合意することは想定されていません。
手続きの流れと実務上の壁
民法特例の利用には、おおむね次のステップが必要です。
1. 先代経営者・後継者・他の推定相続人全員による書面合意(除外合意・固定合意のいずれか、または両方)
2. 経済産業大臣への確認申請
3. 家庭裁判所への許可申立て
この順序を踏まえて手続きを進める必要があり、定められた期限内に申請・申立てを行わないと合意の効力が認められない可能性があります。具体的な期限や取り扱いは最新の経営承継円滑化法・関連省令で確認が必要です。実務では、税理士・弁護士と連携して早めにスケジュールを組むことが望まれます。
実務上、最大の壁は「推定相続人全員の合意」です。次男・長女が「なぜ長男だけが会社を継いで得をするのか」という感情を持っている場合、合意形成そのものが難航します。私が見てきた相談の中でも、この制度の存在を知っていても実際に使えたケースは、家族間の関係が比較的良好な会社に限られます。
制度の適用要件(先代経営者・後継者の要件、中小企業者の範囲など)は法令で定められていますが、要件を満たすかどうかより先に「家族全員が合意できるか」で止まってしまうことが多いのが実情です。
資金繰り・銀行対応への影響
遺留分対策を怠ったまま代替わりが起きると、後継者は代償金の捻出に迫られます。この資金が用意できないと、次のような事態に発展します。
- 会社から役員貸付や特別配当という形で資金を引き出し、銀行からの評価が下がる
- 急な借入で資金使途が不透明になり、金融機関からの説明を求められる
- 株式の分散により、意思決定に他の相続人の同意が必要になる場面が生じる
銀行は事業承継のタイミングで、経営権の安定性を必ず確認します。株式が分散し議決権が不安定な状態は、追加融資の審査でマイナス材料になり得ます。民法特例による除外合意・固定合意は、税務対策である以上に、この「経営権の安定」を銀行に説明できる材料にもなります。
経営判断としての優先順位
自社株の遺留分対策は、次の順番で検討するのが実務的です。
1. 生命保険・退職金等で代償資金を準備する(遺留分自体は解消しないが手当てはできる)
2. 遺言で承継の意思を明確にする
3. 家族全員の関係が良好なうちに、除外合意・固定合意の利用を検討する
4. 種類株式(拒否権付株式等)や信託の活用も含め、複数の制度を組み合わせる
民法特例は選択肢の一つとして有効ですが、家族の合意が前提である以上、関係が悪化してからでは手遅れになりやすい制度です。先代経営者が元気で、後継者への承継意思が固まった早い段階で着手することが望ましいでしょう。個別の状況によって最適な組み合わせは異なるため、顧問税理士・当法人にご相談ください。
まとめ:まず一つだけやるとしたら
推定相続人全員(後継者・他の相続人)を集めて、「誰が会社を継ぎ、他の相続人には何を渡すのか」を一度、家族全員の前で言葉にしてください。民法特例の要件を満たすかどうかより先に、この対話ができるかどうかが対策の成否を分けます。対話の土台ができた段階で、税理士・弁護士を交えて除外合意・固定合意の要件確認に進むのが現実的な進め方です。
💬 個別のご相談は初回無料相談で承っています → https://tax-co.grancers.co.jp/contact/







