事業譲渡と株式譲渡の違いとは?無償譲渡・個人事業主の税務を整理する
公認会計士・税理士の筧です。
事業譲渡と株式譲渡は、どちらも「会社を売る・引き継ぐ」手段ですが、税務上はまったくの別物です。事業譲渡は会社(法人)が資産・負債を個別に売買する取引、株式譲渡は株主個人が株式を売る取引で、課税される人も税金の種類も変わります。さらに「無償で譲る」場合は、時価で取引したとみなされて思わぬ税金が発生することがあるため、ここを誤解したまま話を進めると後で資金繰りに響きます。
よくある質問
Q1. 事業譲渡と株式譲渡、税金が安いのはどっち?
一般論としては、個人株主が保有する株式を売却する株式譲渡の方が、税負担はシンプルで軽くなりやすい構造です。譲渡益に対して申告分離課税(一般に20.315%程度とされる税率)が一度かかるだけで完結します。一方、事業譲渡は法人が譲渡益に対して法人税等を負担し、その後に残ったお金を社長個人に移す際に給与や配当としてもう一段階課税されるため、いわゆる「二重課税」になりやすい点に注意が必要です。
Q2. 事業譲渡を無償でやったらどうなりますか?
無償だからといって課税がゼロになるわけではありません。法人間・個人間を問わず、時価で譲渡したものとみなして課税される「みなし譲渡課税」の対象になり得ます。譲渡側には時価相当額での譲渡益課税、譲受側には差額分の受贈益(法人)や贈与税(個人)が発生することがあります。「後継者にタダで渡したつもり」が、後から税務調査で否認されるケースは実務でも珍しくありません。
Q3. 個人事業主が事業を譲渡する場合の税金はどうなりますか?
個人事業主の事業譲渡は「一括譲渡」として扱われ、譲渡する資産の種類ごとに所得区分が変わります。棚卸資産(在庫)は事業所得、機械や店舗などの固定資産や営業権は譲渡所得、というように資産を一つずつ分解して課税関係を整理する必要があります。ここを一括りに「事業譲渡益」として申告すると、税額計算を誤るリスクがあります。
事業譲渡と株式譲渡、そもそも何が違うか
毎月の顧問先との面談で、M&Aや事業承継の話が出ると、社長からまず聞かれるのが「うちは株を売るのと事業だけ売るの、どっちがいいの?」という質問です。
- 株式譲渡:株主が保有する株式を買い手に売る。会社そのもの(法人格・許認可・契約・従業員・借入金も含めて)が丸ごと引き継がれる。課税されるのは株式を売った「株主個人(または法人株主)」。
- 事業譲渡:会社(法人)が、事業に関する資産・負債を個別に選んで買い手の会社に売る。会社自体は売り手に残る。課税されるのは資産を売った「法人(または個人事業主)」。
この違いが、税務・資金繰り・許認可の引き継ぎのすべてに波及します。特に「誰に税金がかかるのか」が変わる点を見落とすと、譲渡代金の使い道を考える段階でつまずきます。
譲渡側の税務:法人・個人事業主・株主でこう変わる
法人が事業譲渡する場合
会社が事業用資産(不動産、機械、在庫、営業権など)を売却すると、譲渡益は会社の法人税等の計算に取り込まれます。法人税・地方法人税・法人住民税・事業税を合わせた実効税率(一般に30%前後とされる水準)が譲渡益にかかり、その後に会社に残った現金を社長個人が受け取るには、役員報酬・退職金・配当などの形にする必要があり、そこでもう一段階の所得税・住民税がかかります。
個人事業主が事業譲渡する場合
先述の通り、資産ごとに所得区分が分かれます。
| 譲渡資産の例 | 所得区分の目安 |
|—|—|
| 商品・製品などの棚卸資産 | 事業所得 |
| 店舗・機械などの減価償却資産 | 譲渡所得(総合課税、保有期間で短期・長期) |
| 営業権(のれん) | 譲渡所得 |
| 売掛金などの金銭債権 | 事業所得または雑所得 |
さらに個人事業主の場合、消費税の課税事業者であれば、課税資産(機械・在庫・営業権など)の譲渡には消費税もかかります。廃業と同時に事業譲渡をする個人事業主は、この消費税の申告漏れが起きやすいポイントです。
株主が株式譲渡する場合
個人株主であれば、譲渡益(譲渡価額から取得費・譲渡費用を差し引いた額)に対して申告分離課税(一般に20.315%程度とされる税率)がかかり、他の所得と合算されずに完結します。法人株主であれば、譲渡益は法人の益金に算入され、法人税等の対象になります。
譲受側の税務:買う側にも税務判断がある
事業譲渡で資産を買った側の法人は、取得した資産を通常の取得価額として計上し、減価償却などで費用化していきます。事業譲渡特有の論点として、支払対価が引き継いだ純資産(時価)を上回る場合、その差額は「資産調整勘定(税務上ののれん)」として計上し、一定期間(一般に5年とされる)で規則的に償却します。この償却費は買い手側の損金になるため、事業譲渡は買い手にとって将来の税負担を軽減する効果を持つことがあります。
株式譲渡の場合、買い手は株式を取得するだけで、対象会社の資産・負債の税務上の帳簿価額はそのまま引き継がれます。のれんの償却という損金化のメリットがない代わりに、簿外債務や偶発債務も含めて会社ごと引き継ぐリスクがあるため、買収監査(デューデリジェンス)の重要性が事業譲渡より高くなります。
また、事業譲渡では譲渡資産の中に課税資産が含まれる場合、消費税の課税仕入れが発生し、買い手側で仕入税額控除の対象になります。この点も株式譲渡にはない、事業譲渡特有の消費税論点です。
無償譲渡・低額譲渡は「税金がかからない」わけではない
事業承継の相談で特に注意しているのが、「親から子へ」「経営者から後継者へ」事業や株式をタダ同然で渡すケースです。無償・著しく低い価額での譲渡は、税務上、次のようなみなし課税の対象になり得ます。
- 譲渡側:時価で譲渡したものとみなして譲渡益課税(法人であれば法人税、個人であれば所得税法上のみなし譲渡課税の対象になり得ます)
- 譲受側:時価との差額について、法人であれば受贈益として法人税、個人であれば贈与税の対象になり得ます
「後継者に安く継がせたい」という気持ちは経営者としてよく理解できますが、税務上は「時価をいくらと見るか」が最大の争点になります。特に同族間の取引は税務調査で価格の妥当性を厳しく見られるため、無償・低額での事業承継を検討する場合は、事前に時価算定の根拠を専門家と一緒に整理しておくことが欠かせません。
資金繰り・銀行対応への翻訳:二重課税は手取り額を減らす
事業譲渡と株式譲渡の税務差は、最終的に「手元に残る現金」に直結します。事業譲渡で法人税等を払った後、さらに個人へ資金を移す際に課税されると、額面上の譲渡代金より手取りが大きく目減りします。これは廃業・引退を見据えた社長にとって、老後資金や退職後の生活設計に直結する問題です。
また、金融機関は事業譲渡・株式譲渡どちらのスキームでも、譲渡後の資金使途(借入金の返済に充てるのか、個人資産として残すのか)を注視します。譲渡代金の一部が税金で流出することを見込まずに資金計画を立てると、既存の借入金返済や新規融資の審査に支障が出ることもあるため、譲渡スキームを決める前に「税引き後の手取り額」で資金計画を組み直す必要があります。
経営判断:どちらを選ぶべきかの判断軸
実務では、次のような軸で選択を整理しています。
- 会社の許認可・契約・雇用をそのまま引き継ぎたい、株主構成をシンプルに変えたいだけ → 株式譲渡
- 会社の一部門・特定の事業だけを切り出したい、簿外債務のリスクを遮断したい → 事業譲渡
- 買い手側がのれん償却による将来の節税効果を重視している → 事業譲渡が選ばれやすい
- 売り手個人の手取り額を最大化したい → 株式譲渡が有利になりやすい
どちらが正解ということはなく、譲渡側・譲受側それぞれの税務負担と経営上の狙いを突き合わせて決めるべき論点です。個別の判断は顧問税理士・当法人にご相談ください。
まとめ:まず一つだけやるとしたら
事業譲渡・株式譲渡のどちらを選ぶにせよ、話を進める前に「税引き後、手元にいくら残るか」を法人税・所得税・消費税まで含めてシミュレーションすることをおすすめします。特に無償・低額での親族内承継を考えている社長は、時価算定を後回しにせず、専門家と一緒に事前に整理することが、後々の税務調査リスクを避ける一番の近道です。
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