事業承継の3つの方法を比較|親族内・従業員・M&Aどれを選ぶべきか
公認会計士・税理士の筧です。
事業承継の方法は「親族内承継」「従業員承継」「M&A」の3つに大別されますが、どれを選ぶかは経営者の好みではなく、後継者がいるかどうかでほぼ決まります。税負担・資金繰り・進めやすさは方法ごとにまったく違うため、後継者の有無を起点に選択肢を絞り込み、そこから税務と資金計画を詰めていくのが実務上の順番です。
よくある質問
Q1. 後継者がいない場合、M&Aしか選択肢はないのでしょうか。
いいえ。社内に経営を任せられる従業員がいれば従業員承継(いわゆるMBO)も選択肢になります。ただし後継者候補が自社株式を買い取る資金を持っていないケースが多く、資金調達の設計が最大の壁になります。
Q2. 事業承継税制はどの方法でも使えますか。
親族内承継・従業員承継であれば、一定の要件を満たすことで法人版・個人版事業承継税制による贈与税・相続税の納税猶予を検討できます。M&A(株式譲渡)の場合は納税猶予の対象にならず、譲渡益に対する所得税・住民税が通常どおり課税されます。適用要件・猶予割合は改正が入りやすい分野なので、実行前に最新の制度内容を必ず確認してください。
Q3. 事業承継の準備はいつから始めるべきですか。
親族内・従業員承継であれば後継者の育成期間を含めて5〜10年前から、M&Aであれば譲渡先探しと企業価値評価(バリュエーション)の準備を含めて2〜3年前からの着手が一般的な目安です。後継者不在のまま決算対策だけを続けていると、いざ動き出したときに選べる選択肢が狭まります。
なぜ「誰に継がせるか」で税務・資金繰りが全く変わるのか
事業承継の面談で最初に確認するのは「後継者はいますか」という一点です。この答え次第で、検討すべき税務論点も資金調達の設計もまったく変わってきます。
親族内承継であれば、自社株式の評価額を下げてから贈与するタイミングの設計や、事業承継税制による納税猶予の活用が中心的な論点になります。従業員承継であれば、後継者個人が株式を買い取るための資金をどう調達するか(持株会社スキームや金融機関からの借入)が主戦場です。M&Aであれば、譲渡価額の算定と譲渡益への課税、そして譲渡後に会社をどこまで残せるかという交渉が中心になります。
つまり「事業承継のやり方」を検討する前に、まず「後継者がいるかいないか」を確定させることが、税務・資金繰りの設計を間違えないための出発点になります。
3つの方法の比較表(後継者の有無別)
| 項目 | 親族内承継 | 従業員承継 | M&A |
|—|—|—|—|
| 前提条件 | 後継者候補(子・親族)がいる | 経営を任せられる従業員がいる | 後継者不在でも実行可能 |
| 主な税負担 | 贈与税・相続税(納税猶予の対象になりうる) | 株式取得資金への課税は少ないが、買取資金の調達コストが実質負担 | 譲渡益への所得税・住民税(分離課税) |
| 資金面の課題 | 後継者本人の資金負担は比較的軽い | 株式買取資金の調達が最大のハードル | 譲渡代金は現経営者が受け取る側で、資金繰りへの負荷は小さい |
| 進めやすさ | 感情面の調整(他の相続人・親族)が必要 | 社内合意形成と株価算定の折衝が必要 | 譲渡先探しと企業価値評価の専門知識が必要 |
| 検討期間の目安 | 5〜10年 | 5〜10年 | 2〜3年 |
| 向いているケース | 後継者の経営意欲・能力が明確 | 番頭格の役員・幹部社員がいる | 後継者不在、または第三者に譲る決断ができている |
数値・税率・猶予割合は改正の影響を受けやすいため、実行段階では必ず最新の制度内容を確認してください。
親族内承継:税制優遇は手厚いが「後継者がいない」という前提が崩れると詰む
親族内承継は、事業承継税制による贈与税・相続税の納税猶予を使える点で税負担面の設計の幅が広いのが特徴です。自社株式の評価額を計算し、納税猶予の対象になるかどうか、特例承継計画の提出など事前の手続きが必要になるかどうかを確認するところから始めます。
ただし現場でよく見るのは「後継者候補はいるが、経営意欲が固まっていない」というケースです。税務上の準備だけを先行させて、肝心の後継者本人の覚悟が固まっていないと、納税猶予を受けた後に要件を満たせず猶予が打ち切りになるリスクも出てきます。親族内承継を選ぶなら、税務の設計と並行して、後継者本人と「いつから経営を任せるか」を具体的な時期で合意しておくことが欠かせません。
従業員承継:経営はできても株を買うお金がない問題
従業員承継で毎回論点になるのは、後継者候補の役員・従業員が自社株式を買い取るだけの個人資金を持っていないという現実です。会社の業績が良く自社株評価額が高いほど、この壁は高くなります。
実務では、後継者が設立した持株会社が金融機関から融資を受けて株式を買い取る、いわゆるMBOスキームを組むケースがあります。この場合、金融機関は持株会社の返済原資を本体会社のキャッシュフローで見るため、承継後も安定した利益を出せる体制かどうかが融資審査のポイントになります。従業員承継を検討するなら、株価算定と同時に「買取資金をどう調達するか」を金融機関と早い段階で相談しておくことが、進めやすさを左右します。
M&A:後継者不在でも実現できるが、税負担と「誰に売るか」で明暗が分かれる
後継者不在の会社にとって、M&Aは事業を存続させる現実的な選択肢です。譲渡代金は現経営者個人が受け取り、譲渡益に対して所得税・住民税が分離課税で課されます。親族内・従業員承継のような納税猶予の対象にはならないため、税負担を織り込んだ上で譲渡価額の目線を決める必要があります。
M&Aで経営判断として重要なのは、価格交渉だけでなく「譲渡後も従業員の雇用や取引先との関係が維持されるか」という点です。譲渡先の選定を誤ると、価格は良くても従業員の離職や取引先の離反を招き、結果的に譲渡価額そのものが目減りするケースもあります。譲渡先候補を絞り込む段階から、税理士・M&A仲介会社と連携して企業価値評価と契約条件を並行して詰めていくことが実務上の進め方です。
銀行・金融機関は事業承継をどう見ているか
金融機関が事業承継案件で確認するのは「承継後も返済能力が維持されるか」という一点に尽きます。親族内・従業員承継であれば後継者の経営能力と自己資金・借入余力、M&Aであれば譲渡先企業の信用力と統合後のキャッシュフロー計画が審査の対象になります。
事業承継が進まないまま経営者の高齢化が進むと、金融機関側からは「後継者不在リスク」として与信判断に影響する可能性があります。逆に、承継計画が明確で後継者の育成状況を説明できる会社は、借換えや追加融資の相談もスムーズに進む傾向があります。事業承継の準備状況は、日々の資金繰り相談にも影響してくるという前提で早めに動くことをおすすめします。
まとめ:まず一つだけやるとしたら
まずは「後継者候補がいるかいないか」を紙に書き出して整理してください。いる場合は本人の経営意欲を直接確認する、いない場合はM&A仲介会社への相談や従業員承継の可能性を並行して検討する。この最初の一歩を踏み出すタイミングが、税負担と資金繰りの選択肢の広さを大きく左右します。
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