事業承継の進め方と全体スケジュール|何年前から何をすべきか
公認会計士・税理士の筧です。
事業承継は「引退の1〜2年前に考える話」ではありません。後継者の決定から株式移転、実行完了まで通しで見ると、最低でも5年、余裕を持つなら10年かけて進めるべき仕事です。準備を後回しにした結果、相続発生時に自社株の評価が想定以上に膨らみ、納税資金が足りず、銀行からの信用まで揺らぐケースを何度も見てきました。
よくある質問
Q1. 事業承継はいつから始めればいいですか?
目安は経営者が65歳前後になったタイミング、または引退希望年齢の10年前です。後継者の育成と自社株の移転には時間がかかるため、「まだ早い」と思うくらいから動き出すのが正解です。
Q2. 後継者がまだ決まっていません。何から始めるべきですか?
親族内承継だけでなく、従業員承継、第三者へのM&Aも含めて選択肢を並べるところから始めます。決定を先延ばしにするほど、使える選択肢と税制優遇の適用余地が狭まります。
Q3. 具体的に何から手をつければいいですか?
まず自社株の評価と会社の現状把握(見える化)です。株価がいくらで、相続税・贈与税がどれくらい発生するかを知らないまま計画は立てられません。
なぜ「10年」逆算が必要なのか
毎月の面談で事業承継が議題に上がる会社に共通するのが、「後継者は決まっているが、株式の移転タイミングを考えていなかった」というパターンです。
自社株の評価は会社の業績が良いほど上がります。利益を出し続けている優良企業ほど、何もせずに時間が経つと株価が上昇し、後継者が背負う贈与税・相続税の負担も重くなります。逆に言えば、業績が落ち着いているタイミングや、設備投資で純資産が一時的に下がったタイミングは、株式を移転する好機になり得ます。
こうしたタイミングを見極め、後継者育成や資金準備と並行して進めるには、逆算スケジュールで動く必要があります。直前になって慌てて動くと、選べる手法(暦年贈与、相続時精算課税、事業承継税制の納税猶予など)の選択肢が狭まり、結果的に税負担が最大化された状態で承継せざるを得なくなります。
全体スケジュール:10年を4フェーズに分解する
| フェーズ | 時期の目安 | やること |
|—|—|—|
| フェーズ1:現状把握・後継者選定 | 10〜7年前 | 自社株評価、決算書の見える化、後継者候補との対話、承継方針(親族内/従業員/M&A)の仮決定 |
| フェーズ2:磨き上げ・後継者育成 | 7〜4年前 | 後継者の役職登用、意思決定への関与、金融機関・取引先への紹介、不採算事業の整理、株価対策の検討 |
| フェーズ3:株式・資産移転の設計 | 4〜1年前 | 株式移転スキームの確定(贈与・譲渡・種類株式・持株会社化等)、事業承継税制の適用検討、遺言・遺留分対策 |
| フェーズ4:実行・引継ぎ | 1年前〜実行時 | 代表交代、経営者保証の引継ぎ交渉、取引先・金融機関への正式通知、実行後のフォロー |
このフェーズ分けはあくまで目安です。会社の規模、業種、後継者の年齢によって前後します。ただし「何も決めないまま10年が過ぎる」ことだけは避けてください。フェーズ1すら着手していない会社が、実際には一番多いというのが現場の実感です。
フェーズ1〜2で特に見落とされがちな点
- 後継者候補が「継ぐ意思があるか」を早い段階で確認していない
- 自社株評価を一度も試算したことがなく、想定納税額を誰も把握していない
- 個人保証・借入金の状況が後継者に共有されていない
この3点は、フェーズ1の初回面談で必ず確認する項目です。ここが曖昧なまま先に進むと、フェーズ3の株式移転設計そのものが組めません。
税務が絡む部分:自社株評価と納税資金
事業承継で最も税務リスクが高いのが自社株の評価です。中小企業のオーナー企業では、上場株のように市場価格がないため、類似業種比準方式や純資産価額方式といった評価方法で株価を算定します。利益や純資産が積み上がっている会社ほど評価額が高くなり、後継者が贈与税・相続税として負担する金額も大きくなります。
ここで検討対象になるのが事業承継税制(法人版・個人版)です。一定の要件を満たせば、非上場株式にかかる贈与税・相続税の納税を猶予・免除できる制度で、特例承継計画の事前提出など手続き上の期限があります。適用要件や提出期限は改正が入りやすい分野なので、検討段階で必ず最新の制度内容を確認してください。
また、納税猶予を使わない場合でも、暦年贈与や相続時精算課税制度を使って計画的に株式を移転する方法があります。いずれも非課税枠や制度設計が変更されることがあるため、「何年か前に聞いた話」をそのまま適用するのは危険です。
税務面で見落とされがちなのが「納税資金の確保」です。株式は現金化しにくい資産のため、相続税・贈与税が発生しても、後継者個人に納税できるだけの現預金がないケースが少なくありません。生命保険の活用や役員退職金の設計で、納税原資を用意しておくことも早い段階での検討事項です。
銀行対応:経営者保証の引継ぎが最大の壁
事業承継の実行フェーズで多くの経営者が想定外に苦労するのが、金融機関との経営者保証の引継ぎです。先代が個人保証を差し入れている借入金がある場合、後継者が保証人を引き継ぐか、保証を外すかの交渉が発生します。
経営者保証ガイドラインの運用により、一定の財務要件を満たせば保証なしでの借入継続や保証解除が可能なケースもありますが、金融機関ごとに判断基準は異なります。実行の1〜2年前になってから金融機関に相談を始めると、審査や条件交渉に時間がかかり、代表交代のタイミングに間に合わないこともあります。
早い段階(フェーズ2〜3)で顧問税理士とともにメインバンクに事業承継の方針を共有し、財務体質の改善や保証解除の交渉を並行して進めておくことが、実行時のトラブルを防ぐ鍵になります。
経営判断:親族内承継・従業員承継・M&Aの選び方
後継者が親族内にいない、あるいは事業を継ぐ意思がない場合、選択肢は従業員承継か第三者へのM&Aになります。判断の目安は以下の通りです。
- 親族内承継:後継者に経営意思と適性があり、株式移転の税負担を許容できる場合に適する
- 従業員承継:社内に経営を任せられる人材がいるが、株式買取資金の調達が課題になりやすい
- M&A(第三者承継):後継者不在でも事業継続が可能。株式譲渡益への課税(譲渡所得課税)が発生するため、手取り額の試算が必要
どの選択肢を取るにしても、意思決定が遅れるほど選べる相手・条件が狭まります。特にM&Aは、業績が良好なうちに検討を始めた方が譲渡条件が有利になりやすい傾向があります。
いずれの選択肢が最適かは、会社の財務状況や後継者の状況によって個別に判断が分かれます。具体的な進め方は顧問税理士・当法人にご相談ください。
まとめ:まず一つだけやるとしたら
自社株の評価額を一度試算してください。評価額が分からなければ、相続税・贈与税の負担も、事業承継税制を使うべきかどうかも判断できません。10年後を見据えたスケジュールは、この一枚の数字から逆算して組み立てます。
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