「借金は一日も早く返したい」——多くの経営者がそう考えます。しかし無借金経営が常に正しいとは限りません。無理な完済は手元現金を枯渇させ、さらに純資産の積み上がりが将来の事業承継コストを重くします。借入を「武器」として使う財務戦略を、税理士の視点で解説します。
返済原資は「利益」ではなく「税引後利益+減価償却費」
まず誤解を解きます。「利益が出ないと返済できない」は正確ではありません。会社が返済に回せる原資は、税引後利益+減価償却費です。減価償却費は費用でありながら実際にはお金が出ていかないため、その分が返済に使えます。帳簿上の利益が小さくても、この範囲内なら返済は問題ありません。年間返済額がこの原資を上回るなら、折り返し融資で調整するのが正攻法です。
無理に完済すると、手元現金が枯渇する
借入を急いで完済すると、手元現金がゼロに近づき、不測の事態や好機に対応できなくなります。「借入残高を維持して手元現金を厚く持つ」ほうが、経営の安全度は高いのが実務です。無借金でキャッシュが薄い会社より、適度な借入があってキャッシュが厚い会社のほうが、いざというときに強い。
純資産の積みすぎが、事業承継コストを押し上げる
見落とされがちなのが事業承継への影響です。内部留保(純資産)が積み上がると、自社株の評価額(純資産価額方式)が上昇し、後継者の相続税・贈与税が重くなります。一方で借入金は株価評価上マイナスに働くため、意図的に借入を維持することは株価の上昇を抑える効果があります。「純資産が多い=銀行に評価される」一方で「承継コストは重くなる」——両者はトレードオフです。
| 考え方 | 無理に完済(無借金志向) | 借入を武器にする |
|---|---|---|
| 手元現金 | 薄くなる | 厚く保てる |
| 自社株評価 | 純資産増で上昇 | 借入で上昇を抑制 |
| 事業承継コスト | 重くなりやすい | 抑えやすい |
| 節税・補助金の機会 | 現金不足で逃しやすい | 現金があり打てる |
節税も補助金も「現金」がなければ打てない
経営セーフティ共済・オペレーティングリース・不動産購入などの節税策は、実行に事前の現金が必要です。手元現金がないと節税の機会そのものを逃します。補助金も後払いが原則で、申請から精算までのつなぎ資金が要ります。借入で手元現金を厚くしておくことは、こうした機会を確実に取りにいくための備えでもあります。
まとめ
「無借金経営=健全」という思い込みは、①手元現金の枯渇、②事業承継コストの増大、③節税・補助金機会の逸失、という損失を生みかねません。返済原資(税引後利益+減価償却費)の範囲で借入を維持し、純資産の増加をコントロールする——この設計には、管理会計・税務・銀行対応・事業承継を一体で見られる顧問が必要です。
中小企業オーナーの税務・資金繰り・銀行対応・事業承継を専門とし、年間100社以上のオーナーと毎月面談。数字の裏にある経営判断を支援。
よくある質問
Q. 無借金経営は良くないのですか?
無借金そのものが悪いわけではありませんが、常に最適とは限りません。無理な完済は手元現金を枯渇させ、純資産の積み上がりが自社株評価を上げて事業承継コストを重くします。返済原資の範囲で借入を維持し手元現金を厚く保つほうが、経営の安全度や承継の観点で有利なことが多いです。
Q. 会社が返済に回せるお金はどう計算しますか?
返済原資の目安は「税引後利益+減価償却費」です。減価償却費は費用ですが実際にはお金が出ていかないため、その分が返済に使えます。帳簿上の利益が小さくてもこの範囲なら返済は可能で、年間返済額がこれを上回る場合は折り返し融資で調整するのが一般的です。
Q. 借入を維持すると事業承継にどう影響しますか?
自社株の評価額は純資産価額方式では純資産に連動して上がり、借入金はマイナスに働きます。内部留保を積みすぎると株価が上がり後継者の相続税・贈与税が重くなる一方、借入を意図的に維持すると株価上昇を抑えられます。評価と承継コストはトレードオフの関係です。
Q. 借入を維持するメリットは他にありますか?
経営セーフティ共済・オペレーティングリース・不動産購入などの節税策や、後払いが原則の補助金には事前の現金が必要です。借入で手元現金を厚くしておくことで、これらの節税・投資の機会を逃さずに打てるようになります。




