役員退職金で自社株評価を下げる事業承継の株価対策とは
公認会計士・税理士の筧です。
事業承継で自社株の評価を下げたいなら、まず検討すべきは役員退職金です。退職金を支給すると法人の利益と純資産が一時的に下がり、自社株の評価額そのものが下がります。しかも退職金は税制上もっとも手取りが良い受け取り方なので、後継者や会社に資金を残しながら株価を下げられる、数少ない「一石二鳥」の対策です。ただし金額を間違えると税務調査で否認され、逆に納税額が増えることもあります。
よくある質問
Q. 退職金を出すとどのくらい株価は下がりますか?
下がり幅は会社の規模・評価方式によって違うため一概には言えませんが、退職金支給で利益と純資産が同時に減るため、類似業種比準方式・純資産価額方式のどちらを使っている会社でも評価額を押し下げる効果があります。ただし翌期以降に利益が戻れば株価も戻るので「支給した年」の効果である点は理解しておく必要があります。
Q. 退職金の適正額はどう決めればいいですか?
実務では「最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率」で目安を計算し、そこから大きく外れない金額に収めるのが基本です。功績倍率は社長で3倍程度が一つの目安とされることが多いですが、これは法律で決まった数字ではなく、税務調査や過去の裁判例から導かれる相場観にすぎません。会社ごとの功績・同業他社の水準を踏まえて税理士と一緒に試算する必要があります。
Q. 退職金を出せば必ず節税になりますか?
なりません。適正額を超える部分は「過大役員退職金」として法人の損金に算入できず、逆に法人税が増えることがあります。さらに退職の実態がないのに退職金だけ払うと、そもそも退職金として認められないリスクもあります。株価だけを見て金額を決めるのは危険です。
なぜ退職金が自社株の株価対策になるのか
非上場株式の評価には、会社の利益水準を反映する類似業種比準方式と、会社の純資産をベースにする純資産価額方式があります(併用方式もあります)。役員退職金を支給すると、その事業年度の損金が増えて利益が下がり、同時に退職金支給額の分だけ純資産も減ります。つまり両方の評価方式に効くわけです。
毎月の事業承継の相談で必ず出てくるのが「株価が高すぎて後継者に贈与・売買できない」という悩みです。利益が出続けている会社ほど自社株評価は上がっていきます。退職金はその評価を一時的に大きく下げられる、数少ない手段です。
ただし注意すべきは「効果は一時的」ということです。退職金を払った翌期以降、会社の利益がまた出れば株価は元に戻っていきます。つまり退職金を出すタイミングと、その後の株価対策(贈与・譲渡・組織再編など)をセットで設計しないと、せっかく下がった株価が使えないまま元に戻ってしまいます。
適正額の決め方と損金算入の注意点
退職金の適正額を計算する代表的な方法が功績倍率法です。
最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率 = 退職金の目安
功績倍率は役職によって相場観が異なり、社長は高め、専務・常務は社長より低め、といった傾向があります。ここで注意したいのは、最終報酬月額を退職直前に急に引き上げて退職金を膨らませるようなやり方です。これは典型的な否認パターンで、税務調査で「不相当に高額」と判断されると、超過部分は損金不算入になります。
過大退職金と認定されると起きることは主に次の2つです。
- 法人側:超過部分が損金不算入になり、法人税が増える
- 個人側:退職所得として受け取った金額はそのままなので、法人・個人トータルで見ると税負担が増えるだけ
なお、過大退職金の認定とは別の論点として、退職金支給そのもの(適正額であっても)が決算書上は大きな特別損失や販管費として計上され、単年度で赤字決算になることがあります。この場合、銀行融資の審査時期と重なると印象が悪化しかねないため、事前の説明準備が必要です。
退職金は「多く出せば出すほど株価が下がる」わけではなく、適正額の範囲内でしか損金算入という形での効果は出ません。適正額を超えた部分は株価対策としても税務上は認められない、というのが実務の前提です。
分掌変更による退職金は「実質的な引退」が条件
株価対策として使われることが多いのが、社長が会長や相談役に退く「分掌変更」に伴う退職金の支給です。代表権のない会長になる、経営の第一線から退くなど、実質的な地位の変化があって初めて退職金として認められます。
ここで実務上よく問題になるのが、肩書きだけ変えて実権は握ったまま、あるいは退職後の報酬がほとんど下がっていないケースです。この場合、税務調査では「実質的に退職していない」と見られ、退職金そのものが否認されるリスクがあります。地位の変化に加えて、報酬水準の変化・意思決定権限の変化を裏付ける取締役会議事録や業務分掌の記録を残しておくことが重要です。報酬水準をどの程度まで下げるべきかは会社の実態により判断が分かれるため、顧問税理士に個別に確認してください。
退職金は納税資金づくりの手段でもある
役員退職金には退職所得控除という優遇があります。一般的な目安として勤続年数×40万円程度(20年を超える部分は70万円程度)を退職所得から差し引き、さらに残った金額の1/2だけが課税対象になる仕組みです(税制改正の可能性があるため、支給時点の最新の制度を必ず確認してください)。給与や配当と比べて税負担が軽く、手取りが最も多く残る受け取り方とされています。
事業承継では、先代経営者が受け取った退職金を後継者への贈与資金や、後継者が相続税・贈与税を納めるための納税資金に回すケースが多くあります。株価を下げるだけでなく「税金を払うための現金をどう用意するか」という出口まで含めて設計するのが、退職金を使った事業承継対策の本質です。
資金繰りと銀行対応への影響
退職金の支給は会社にとって大きな資金流出です。まとまった金額の退職金を一括で払えば、当然その分の現預金が減り、翌期の運転資金や借入金の返済原資に影響します。
- 退職金の原資は役員保険の解約返戻金や積み立ててきた利益剰余金でまかなうのが基本で、無計画に借入で退職金を賄うのは避けたいところです
- 決算書上、退職金支給の年度は利益が大きく落ち込む(場合によっては赤字になる)ため、金融機関への説明資料(退職金支給による一時的な減益であることの説明)を事前に用意しておくと、融資審査でのマイナス評価を防げます
- 退職金支給の時期と、自社株の贈与・譲渡・信託などの承継スキームの実行時期は、税理士・司法書士を交えて一体で設計する必要があります
まとめ:まず一つだけやるとしたら
自社株評価を下げたいと考えたら、まず今の株価がいくらで、退職金をいくら出せば適正額の範囲内でどこまで下がるのかを税理士に試算してもらってください。功績倍率法での適正額の確認、損金算入の可否、退職所得控除の計算、資金繰りへの影響まで含めた一体の試算がないまま退職金を決めると、株価は下がっても税務調査で否認される、あるいは会社の資金繰りが苦しくなる、というリスクを抱えることになります。個別の状況によって最適な設計は異なりますので、実行前には必ず顧問税理士・当法人にご相談ください。
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