後継者の選び方と育成|後継者不在ならM&Aと廃業どちらが得か
公認会計士・税理士の筧です。
後継者選びで最初に決めるべきは「誰にするか」ではなく「親族・社内・外部のどの枠で探すか」です。この順番を間違えると育成に費やした年月がムダになります。そして後継者が見つからないなら、廃業を選ぶ前にM&Aの可能性を数字で比較してください。多くの場合、廃業よりM&Aのほうが税務上・資金繰り上で有利になる可能性があります。
よくある質問
Q1. 後継者探しはいつから始めればいいですか?
経営者が60歳を迎える頃には着手すべきです。育成期間として5〜10年を見込むのが一般的で、逆算すると50代前半には後継候補の絞り込みを始めておく必要があります。
Q2. 親族内承継と社内承継、税務上どちらが有利ですか?
親族内承継は自社株の贈与・相続にともなう税負担が論点になり、事業承継税制の納税猶予を使えるかどうかが分かれ目です。社内承継(従業員・役員への承継)は株式取得資金の調達が最大のハードルで、金融機関からの借入や種類株式の活用が検討対象になります。どちらが「有利」かは会社の株価水準と後継者の資力次第で、一律には言えません。
Q3. 後継者が見つからない場合、廃業とM&Aどちらを選ぶべきですか?
資産超過で従業員がいる会社であれば、廃業より先にM&Aの可能性を探るべきです。廃業は在庫・設備の処分損、解雇にともなう費用、そして経営者個人の退職金課税など、想定より手取りが減るケースが多いためです。M&Aであれば会社の価値を譲渡対価として回収でき、従業員の雇用も継続できる可能性があります。
なぜ後継者選びで判断を誤るのか
毎月の面談で事業承継の話題になると、経営者の多くが「息子(娘)に継がせたい」という希望から入ります。それ自体は自然なことですが、問題は「継がせたい」と「継げる」を混同してしまうことです。
後継者選びで見誤りやすいポイントは次の3つです。
- 親族内に候補者がいることと、その候補者に経営適性があることを同一視してしまう
- 育成期間を「本人が引き継ぐと言った時点」から数えてしまい、実質の準備期間が2〜3年しか取れない
- 後継者不在のまま時間だけが経過し、会社の業績が落ちてからM&Aを検討するため買い手がつきにくくなる
事業承継は「誰に継がせるか」の議論の前に、「いつまでに」「何を」引き継ぐかという設計図が必要です。この設計図がないまま候補者だけを決めてしまうと、後で株価対策や資金調達が間に合わなくなります。
後継者の3つの選択肢と選定基準
後継者候補は大きく3つに分類できます。それぞれ税務・資金繰りの論点が異なります。
親族内承継
配偶者や子への承継です。株式の贈与・相続にともなう税負担が最大の論点になります。自社株の評価額が高い会社ほど、贈与税・相続税の負担が重くなるため、事業承継税制(納税猶予制度)の活用や、生前贈与による評価額の分散を検討します。
選定基準としては、経営に対する当事者意識があるか、既存の役員・従業員からの信頼を得られるかを見ます。血縁だけで決めると、就任後に社内の求心力を欠くケースが少なくありません。
社内承継(役員・従業員への承継)
長年会社を支えてきた役員や従業員に継がせるパターンです。経営の実務は理解していますが、株式取得のための資金力がないことがほとんどです。銀行融資、種類株式(無議決権株式など)の活用、持株会社を設立してのMBO(マネジメント・バイアウト)などのスキームが検討対象になります。
選定基準は、対外的な信用力(取引先・金融機関からの評価)と、資金調達力の見込みです。経営能力があっても、株式取得の目処が立たなければ承継自体が実現しません。
外部招聘・第三者承継(M&A)
親族にも社内にも適任者がいない場合、外部から経営者を招くか、会社ごと第三者に譲渡するM&Aを選びます。M&Aは「後継者不在の最終手段」と捉えられがちですが、実務上は早い段階から選択肢に入れておいたほうが交渉の主導権を握りやすくなります。
育成期間の設計:何を・いつまでに引き継ぐか
後継者育成は「経営権」「財産権」「経営能力」の3つを分けて設計します。
| 引き継ぐもの | 内容 | 目安の期間 |
|—|—|—|
| 経営能力 | 社内外の意思決定・取引先対応・資金繰り管理 | 5〜10年 |
| 経営権 | 代表権、役員としての意思決定権 | 段階的に移譲(3〜5年) |
| 財産権 | 自社株式の所有 | 贈与・譲渡計画に沿って複数年で分散 |
現場でよく見るのは、経営権(代表交代)だけを先に済ませてしまい、財産権(株式)が先代に残ったままのケースです。この状態が長引くと、先代に相続が発生した際に株式が分散し、後継者が経営権を安定的に維持できなくなるリスクがあります。育成計画を立てる際は、株式の移転スケジュールも同時に組み込んでください。
事業承継税制(納税猶予)の使いどころと落とし穴
親族内・社内承継で自社株の評価額が高い場合、事業承継税制(法人版・個人版)による贈与税・相続税の納税猶予を検討する会社が増えています。一定の要件を満たせば、後継者が取得した自社株にかかる税額の納税が猶予される制度です。
ただし、この制度には次のような落とし穴があります。
- 適用を受けるには都道府県知事の認定や特例承継計画の提出など、事前の手続き期限が定められている
- 猶予後も雇用維持など一定の要件を継続的に満たす必要があり、要件を満たせなくなると猶予が打ち切られ、利子税とともに納税が発生する
- M&Aで会社を譲渡することになった場合、納税猶予が打ち切られるケースがある
「とりあえず納税猶予を使っておけば安心」という判断は危険です。将来M&Aに切り替える可能性が少しでもあるなら、猶予適用前に顧問税理士とシミュレーションしておくべきです。適用要件・猶予割合・提出期限は税制改正で変更されることがあるため、必ず最新の制度で確認してください。
後継者不在のときの比較:M&A vs 廃業
後継者が見つからないまま経営者の年齢が上がると、選択肢は事実上「M&A」か「廃業」の二択になります。この判断は感情論ではなく、数字で比較すべきです。
廃業を選んだ場合に起きること
- 在庫・設備・不動産の処分は、想定より低い金額でしか売れないことが多い
- 従業員への解雇予告手当・退職金の支払いが発生する
- 経営者個人が会社に貸し付けている資金(役員借入金)が回収できないまま終わることがある
- 経営者自身の退職金には課税(退職所得課税)が生じ、受け取り方によって手取りが変わる
M&Aを選んだ場合に起きること
- 会社そのものを譲渡対価として評価してもらえるため、廃業より手取りが大きくなるケースが多い
- 従業員の雇用が継続される可能性があり、取引先との関係も維持されやすい
- 譲渡対価にかかる税負担(株式譲渡益への課税など)は生じるが、資産処分損や解雇費用と比較すると総合的な手取りはM&Aのほうが上回ることが多い
- 買い手探しには時間がかかるため、業績が悪化してから動くと交渉力を失う
銀行対応の観点でも違いがあります。廃業を予定している会社は、金融機関からの追加融資が受けにくくなり、既存の借入金の返済計画についても厳しく問われるようになります。一方でM&Aを前提に動いている会社は、譲渡までのつなぎ資金について金融機関の理解を得やすい傾向があります。
経営判断としては、「後継者が見つからない」と分かった時点で、廃業とM&Aの試算(処分価値と譲渡見込み額の比較)を早めに行っておくべきです。業績が落ちてから慌てて買い手を探しても、選択肢は限られます。
まとめ:まず一つだけやるとしたら
後継者候補が親族・社内にいない、あるいは決まりきらないという状態であれば、まず一つだけやってほしいのは「会社の譲渡可能性を試算してみること」です。M&A仲介会社や顧問税理士に相談し、現状の決算書ベースでどの程度の評価がつくのかを知るだけでも、廃業とM&Aのどちらが手元に残る資金が多いか、現実的な比較ができるようになります。育成に時間をかける余裕があるうちに、この試算を済ませておくことが後悔しない選択につながります。
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