廃業とM&A、会社をたたむ前に比較すべき税金と手残りの話
公認会計士・税理士の筧です。
結論から言います。「後継者がいないから廃業しかない」と決めつける前に、M&A(第三者承継)で会社を残せないか一度は検討してください。廃業は「やめれば終わり」ではなく、解散・清算の手続きに時間とお金がかかり、税金も想像以上に重くのしかかります。一方でM&Aは、赤字の会社や小規模な会社でも思っている以上に買い手がつくケースがあります。
よくある質問
Q1. 廃業するとどれくらい費用がかかりますか?
在庫処分費、原状回復費用、リース解約違約金、借入金の一括返済に加えて、従業員への退職金・解雇予告手当が発生します。さらに解散・清算の法人税申告や登記費用もかかります。会社の規模にもよりますが、数百万円単位の出費になることは珍しくありません。
Q2. 赤字続きの小さな会社でもM&Aの対象になりますか?
なります。買い手が欲しいのは決算書の数字だけではなく、取引先・許認可・従業員・設備・立地といった「事業そのもの」です。単月の利益が出ていなくても、取引先との関係や技術・ノウハウに価値があれば譲渡は成立します。
Q3. 廃業とM&A、税金面ではどちらが有利ですか?
一般的には株式譲渡によるM&Aの方が、オーナーの手取りは多くなりやすい傾向があります。廃業(解散・清算)は解散・清算に伴う法人税等の課税やみなし配当課税が絡み、税負担が重くなりやすいためです。ただし個別の資産構成や負債状況で結果は変わるため、必ず試算した上で判断してください。
廃業を選ぶ前に知っておきたい「たたむコスト」の実態
毎月の面談で、後継者不在のオーナー社長から「もう畳もうと思う」という相談を受けます。話を聞くと、多くの方が「廃業=身軽になる」というイメージを持っています。実際はその逆です。
会社を解散・清算するには、次のような手続きと費用が発生します。
- 株主総会での解散決議、解散・清算人の登記(登録免許税・司法書士報酬)
- 解散時点でのみなし事業年度による法人税申告、清算確定申告
- 在庫・設備の処分(多くは簿価より安く売却、または処分費用が発生)
- 事務所・店舗の原状回復費用
- リース契約の中途解約違約金
- 借入金の一括返済(金融機関との調整が必要)
- 従業員への解雇予告手当・退職金
特に見落とされがちなのが、解散・清算に伴う税務です。清算の過程で残余財産が確定すると、その時点でオーナー(株主)は「みなし配当」として課税される可能性があります。会社に含み益のある不動産や、内部留保が厚い会社ほど、この負担は重くなります。「廃業すれば税金はかからない」というのは誤解で、むしろ解散・清算のタイミングでまとまった税負担が発生する会社は少なくありません。
M&A(第三者承継)という選択肢:会社を売るとはどういうことか
M&Aと聞くと「大企業がやること」というイメージを持つ経営者がまだ多いですが、従業員数人〜数十人規模の会社の第三者承継は、事業承継の現場では既に一般的な選択肢になっています。
M&Aで会社を譲渡する方法は主に二つです。
- 株式譲渡:会社そのもの(株式)を買い手に売る方法。会社は存続し、契約・許認可・雇用関係もそのまま引き継がれることが多い。
- 事業譲渡:会社の一部または全部の事業(資産・契約・従業員)を切り出して売る方法。会社自体は残り、譲渡対価は法人に入る。
後継者不在のオーナーが個人の手取りを重視するなら株式譲渡、会社に複数事業がありその一部だけを譲りたい場合は事業譲渡が選ばれる傾向にあります。どちらを選ぶかで税金の計算構造がまったく変わるため、この入口の選択を誤ると後戻りが難しくなります。
廃業とM&Aの税務比較:誰の財布からいくら出ていくか
ここが意思決定の核心です。「会社の税金」と「オーナー個人の税金」を分けて考える必要があります。
廃業(解散・清算)の場合
- 会社:解散時のみなし事業年度、清算中の各事業年度、残余財産確定時にそれぞれ法人税等の申告が必要。含み益のある資産を清算過程で処分・分配すると、そこに法人税等が課税される
- オーナー:残余財産の分配のうち、資本金等の額を超える部分は「みなし配当」として総合課税(配当所得)の対象になり得る
M&A(株式譲渡)の場合
- 会社:株式譲渡そのものには法人税は発生しない(売り手は会社ではなくオーナー個人であるため)
- オーナー:株式譲渡益に対して申告分離課税。税率は所得税・住民税合わせて一般的に約20.315%程度とされる(復興特別所得税を含む、最新税率は要確認)
単純比較すると、含み益の大きい資産を抱えた会社を廃業させると、法人税等とみなし配当課税が二重にかかる形になりやすく、税負担は重くなりがちです。M&Aで株式譲渡できれば、オーナーの手取りに対する課税は分離課税一本で計算がシンプルになり、実効税率も廃業ルートより低くなるケースが多く見られます。
ただし、これは会社の資産・負債の中身次第で結果が変わります。含み損を抱えた資産が多い会社では話が逆転することもあるため、「うちはどちらが得か」は必ず税理士に試算してもらってから判断してください。
資金繰り・銀行対応の視点:廃業は「現金が先に出ていく」
税金以外にも、資金繰りの視点で廃業とM&Aは大きく違います。
廃業では、借入金の一括返済、退職金の支払い、原状回復費用など、まとまった現金がまず「出ていく」局面が続きます。会社に十分な現預金があれば問題ありませんが、多くの中小企業では固定資産や在庫に資金が固定されており、いざ現金化しようとすると想定より目減りするのが実情です。金融機関に対しても「解散します」と伝えた瞬間から、返済条件の見直しなど別の交渉が始まります。
一方M&Aでは、譲渡が成立すればオーナーには譲渡対価としてまとまった現金が「入ってくる」局面になります。借入金は多くの場合、買い手側が会社ごと引き継ぐか、譲渡対価から返済に充当する形で処理されるため、オーナーが個人資産を取り崩して清算資金を工面する事態を避けられる可能性があります。
銀行から見ても、廃業は回収懸念のある案件として扱われやすいのに対し、M&Aによる事業継続は既存の融資関係が引き継がれる可能性がある案件として、比較的前向きに扱われる傾向があります。
経営判断:後継者不在オーナーがまず着手すべきこと
私が現場で見てきた限り、廃業を選んで後悔するオーナーの多くは「検討する時間が足りなかった」ことが原因です。M&Aは相手探しから成約まで半年〜1年以上かかることも珍しくなく、体力・気力が落ちてからでは選択肢が狭まります。
まずやるべきは次の三つです。
1. 直近3期分の決算書と資産・負債の中身(特に含み損益)を整理する
2. 廃業した場合の想定手取り額(税引後)を試算する
3. 事業承継・引継ぎ支援機関やM&A仲介、顧問税理士に「うちは売れそうか」を相談する
M&Aの結果、必ず売却できるとは限りません。しかし比較検討すらせずに廃業を決めてしまうと、本来手元に残せたはずの資金や、従業員の雇用先、取引先との関係を一度に失うことになります。
まとめ:まず一つだけやるとしたら
まずは直近の決算書をもとに「廃業した場合の税引後の手取り試算」を税理士に依頼してください。この数字が出て初めて、M&Aと比較する土台ができます。感覚で「畳むしかない」と決める前に、数字で比較する。それが後悔しない意思決定の第一歩です。
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