賃上げ促進税制、退職者がいる会社は判定でつまずきやすい
公認会計士・税理士の筧です。
結論から言うと、賃上げ促進税制の判定において、退職者の給与は「継続雇用者」の集計からは外しますが、「全雇用者」の給与総額の集計からは外してはいけません。この2つの集計範囲を混同すると、税額控除が使えるはずなのに使えないと誤判定したり、逆に本来満たしていない要件を満たしていると誤認したりします。年度途中で退職者がいる会社は、この記事の内容を必ず確認してください。
よくある質問
Q. 期中に退職した従業員の給与は、賃上げ促進税制の計算に入れますか。
A. 「継続雇用者給与等支給額」の計算からは除外しますが、「給与等支給額(全雇用者ベース)」の計算には含めます。集計する指標によって扱いが変わる点が最大の注意点です。
Q. 所得拡大税制と賃上げ促進税制は同じ制度ですか。
A. 名称の変遷はあるものの、雇用者への給与支給額の増加を税額控除で後押しする制度という骨格は同じです。ただし要件や控除率は改正のたびに変わっているため、現行制度の名称である「賃上げ促進税制」を前提に、最新の要件を国税庁の公表資料や税理士に確認する必要があります。
Q. 退職者がいると税額控除は使えなくなりますか。
A. 退職者がいるだけで控除が使えなくなるわけではありません。ただし継続雇用者ベースの増加率判定に退職者を誤って含めてしまうと、実態より不利な(あるいは有利な)数値が出てしまい、適用の可否や控除額を誤る原因になります。
制度名の変遷:所得拡大税制から賃上げ促進税制へ
この制度はもともと「所得拡大促進税制」としてスタートし、その後の税制改正を経て現在は「賃上げ促進税制」という名称になっています。中小企業向け・大企業向けでそれぞれ要件や控除率が設定されており、賃上げ率に応じた上乗せ措置や、教育訓練費・子育てとの両立支援に関する上乗せ要件が追加されるなど、制度自体は年々複雑化してきました。
古い情報のまま「所得拡大税制」の名称や要件で理解していると、現行の賃上げ促進税制の要件とズレが生じます。特に、給与等支給額の集計対象となる「国内雇用者」の範囲や「継続雇用者」の定義は、改正の中で明確化・厳格化されてきた経緯があるため、顧問税理士と毎期の申告前に必ず要件を確認する運用をおすすめします。控除率や適用要件の具体的な数値は改正が頻繁なため、本記事では踏み込まず、国税庁の公表資料や税理士への確認を前提としています。
継続雇用者の定義と退職者の扱い
賃上げ促進税制の判定でまず押さえるべきは、「継続雇用者」という概念です。継続雇用者とは、当期および前期の全期間を通じて給与等の支給を受けた国内雇用者を指すのが一般的な理解です。つまり、
- 当期の途中に入社した従業員
- 当期の途中で退職した従業員
- 前期の途中に入社し当期に在籍している従業員
といった、当期・前期のいずれかの期間で在籍が「全期間」に満たない従業員は、継続雇用者には含まれません。継続雇用者給与等支給額の増加率を計算する際は、これらの従業員を除いた「フルタイムで通期在籍した人だけ」の給与を比較することになります。
一方で、賃上げ促進税制にはもう一つ、「給与等支給額」という全雇用者ベースの指標があります。こちらは国内雇用者に該当する一般被保険者などの給与全体を集計する指標で、継続雇用者かどうかは問いません。ここでは、期中に退職した従業員の給与も、在籍していた期間分はきちんと含めて集計する必要があります。既存の実務でも指摘されてきた通り、「年度末時点で在籍しているか」ではなく「その期間に労働し給与が発生していたか」で判定するのが原則です。
退職者がいると判定を誤りやすい理由
実務でよく見る誤解のパターンを整理します。
パターン1:継続雇用者の集計に退職者を含めてしまう
継続雇用者給与等支給額を計算する際、退職者や期中入社者を誤って含めてしまうケースです。継続雇用者の定義上、通期在籍していない人は除外が原則ですので、この誤りがあると増加率の分母・分子両方が本来の数値からズレ、適用可否の判定を誤ります。
パターン2:全雇用者ベースの集計から退職者を除いてしまう
逆に、「もう辞めた人だから」という理由で、全雇用者ベースの給与等支給額の計算から退職者の給与を除外してしまうケースです。この指標は在籍時期に応じて退職者の給与も含めるのが原則ですので、除外すると給与総額が過少になり、賃上げの実態を正しく反映できません。
パターン3:前期は通期在籍、当期は期中退職のケース
前期は1年間在籍し、当期は半年在籍して退職した従業員がいる場合を考えます。この従業員は前期・当期とも「全期間在籍」ではないため、継続雇用者には該当しません。継続雇用者給与等支給額の比較からは除外されますが、当期の給与等支給額(全雇用者ベース)には、半年分の給与をきちんと含めて集計します。前期の給与額が多く当期は半年分しかないからといって、この従業員を全体の集計から外してしまうと、給与総額の増減が実態と乖離した数値になります。
税務調査で見られるポイント
税務調査では、賃上げ促進税制の適用の有無そのものよりも、「集計の根拠資料と実際の給与台帳が整合しているか」を確認されることが多い印象です。具体的には、
- 継続雇用者リストの作成根拠(入退社日と在籍期間の突合)
- 給与等支給額の集計範囲(国内雇用者・一般被保険者に該当するかの確認)
- 退職者を継続雇用者集計から正しく除外しているか
- 退職者を全雇用者集計に正しく含めているか
といった点です。特に人の出入りが多い業種(飲食、小売、建設の現場作業員など)では、月ごとの入退社が多いため、集計対象の線引きを誤りやすく、調査でも指摘対象になりやすい印象があります。
資金繰り・銀行対応への影響
賃上げ促進税制は、要件を満たせば法人税・所得税から一定額を控除できる制度です。控除が使えるかどうかは、当期の納税額、ひいては期末の資金繰りに直結します。特に賃上げを進めている会社ほど、この控除を前提に納税資金の見積もりを立てているケースが少なくありません。
ここで、退職者の集計を誤ったまま試算していると、決算間際になって「思っていたより控除額が少ない(あるいは適用できない)」という事態になり、納税資金の準備が急に足りなくなるリスクがあります。銀行融資の返済計画や納税準備金の積立を、税額控除ありきで組んでいる会社ほど、この誤差の影響は大きくなります。
賃上げ計画を立てる段階、遅くとも決算の2〜3か月前の時点で、継続雇用者の範囲と給与等支給額の集計方法を顧問税理士とすり合わせておくことをおすすめします。退職者が出た時点で都度、継続雇用者リストを更新しておけば、決算直前になって慌てることを避けられます。
まとめ:まず一つだけやるとしたら
退職者・期中入社者がいる場合は、まず「継続雇用者リスト(当期・前期とも通期在籍した人だけの一覧)」を作成し、給与台帳と突合してください。このリストが正確であれば、継続雇用者ベースと全雇用者ベース、2つの指標の集計を混同するミスをかなり防げます。控除率や具体的な要件は改正が頻繁なため、最新の内容は国税庁の公表資料または顧問税理士に必ず確認するようにしてください。
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