後継者がいない会社は廃業かM&A売却か|黒字企業が知っておきたい判断基準
公認会計士・税理士の筧です。
後継者がいない黒字企業の結論を先に言うと、廃業は最後の選択肢にすべきです。会社の収益力・顧客・ノウハウはM&Aで買い手がつく限り価値を持ちますが、廃業するとその価値はほぼゼロ評価になります。迷っているなら、まず「廃業した場合」と「売却した場合」を同じ土俵で試算してから決めてください。
よくある質問
Q1. 後継者がいない場合、廃業するしかないのでしょうか?
いいえ。黒字で一定の収益力がある会社なら、第三者への売却(M&A)や従業員承継の可能性があります。廃業を決める前に、M&A仲介会社や税理士に自社の価値を一度試算してもらうことをお勧めします。
Q2. 廃業すると代表者の個人保証はどうなりますか?
借入が残っていれば、金融機関から一括返済を求められるリスクがあります。M&Aで会社ごと売却すれば、個人保証は原則として買い手企業に引き継がれ、社長個人の保証は解除されるのが一般的です。
Q3. M&Aで会社を売却すると税金はどのくらいかかりますか?
株式譲渡の場合、譲渡益に対しておおむね20.315%の分離課税がかかるのが現行の目安です(所得税・住民税・復興特別所得税の合計)。税率は制度改正の対象になり得るため、実行時点の最新税制で必ず確認してください。
後継者がいない会社の3つの選択肢
毎月の面談で、60代のオーナー社長から「子どもは継ぐ気がない、従業員も荷が重いと言う」という相談を何度も受けてきました。このとき会社が選べる道は、大きく3つです。
1. 廃業(清算):会社をたたんで財産を精算し、残った現金を株主に分配する
2. 親族外・従業員承継:役員や社員に株式・経営を引き継ぐ
3. M&A(第三者への売却):社外の企業・個人に株式や事業を譲渡する
多くの社長は「後継者がいない=廃業」と短絡的に考えがちですが、黒字企業であればM&Aという選択肢が現実的に存在します。中小企業のM&Aは、民間の支援機関経由だけでも年間4,000件を超える規模で成立しているとされ、決して特別な大企業だけの話ではありません(件数は公表時点のデータのため、最新の統計は別途ご確認ください)。
それぞれの違いを数字で比較する
どの選択肢が正解かは「社長が何を優先するか」で変わります。手取り・従業員・取引先・時間・税負担の5つの軸で整理すると判断しやすくなります。
| 比較項目 | 廃業(清算) | 親族外・従業員承継 | M&A(第三者売却) |
|---|---|---|---|
| 社長の手取り | 清算後の残余財産のみ。会社の収益力は評価されず目減りしやすい | 退職金+一部株式の買取代金。後継者の資金力に左右される | 譲渡代金(目安:EBITDA×5〜6倍程度とされるが業種等により変動)。会社の収益力そのものが評価される |
| 従業員の雇用 | 原則終了。退職金の支給義務が発生 | 継続しやすい | 買い手に引き継がれるのが一般的(契約交渉次第) |
| 取引先との関係 | 取引終了 | 継続 | 継続(契約条件の見直しが入ることはある) |
| 個人保証 | 一括返済を求められるリスクあり | 後継者の資力不足で社長に残ることも多い | 原則として買い手企業に切り替わる |
| 必要な時間 | 清算手続きで数か月〜1年程度 | 後継者育成も含め数年単位 | 半年〜2年程度が目安 |
| 税負担 | 清算所得課税・残余財産の分配は配当課税の対象になり得る | 退職金は退職所得課税(優遇あり)。株式部分は要件次第で事業承継税制の活用余地あり | 譲渡益に対し分離課税(目安20.315%、最新税制で要確認) |
表を見てわかる通り、黒字で収益力のある会社ほど、廃業よりM&Aのほうが「手取り」「雇用」「取引先」のすべてで有利に働きやすい構造になっています。
「廃業」で失うものを具体的に数えてみる
廃業は経営判断として間違いではありません。ただし、黒字企業が廃業を選ぶと、次の5つを同時に失うことになります。
1. 企業価値のゼロ評価:培ってきた収益力・顧客基盤・ノウハウは、会社をたたんだ瞬間に値段がつかなくなります
2. 従業員の雇用喪失:退職金を支払ったうえで、再就職先を自力で探してもらうことになります
3. 取引先との関係終了:長年の取引先に発注先を失わせることになります
4. 原状回復・設備処分のコスト:事務所やテナントの原状回復費、在庫・設備の処分費用がかかります
5. 個人保証付き借入の一括返済:金融機関から残債の一括返済を求められるリスクがあります
これに加えて、解散登記や清算手続きそのものにも費用と時間がかかります。収益を生み続けている会社をこの形でたたむのは、会計的に見れば「黒字資産を無償で手放す」のに近い判断です。黒字廃業がもったいないと言われるのは、このためです。
「M&A売却」で得られるものと税負担の目安
一方、M&Aで会社を売却すると、社長個人には次のようなリターンがあります。
- 創業者利益:譲渡代金として現金を手にできます。相場は業種や収益の安定性によって幅がありますが、EBITDA(税引前利益+減価償却費)の5〜6倍程度が一つの目安とされています。例えばEBITDAが5,000万円の会社であれば、2.5億〜3億円程度が交渉のたたき台になるケースがあります。ただし業種・顧客集中度・社長個人への依存度によって倍率は大きく変動するため、必ず複数のM&A仲介会社から試算を取って比較することをお勧めします。1社だけの提示額で交渉を進めると、相場より大きく低い金額で成約してしまうリスクがあります。
- 従業員と取引先の継続:買い手企業が事業を引き継ぐため、雇用と取引関係がそのまま続く可能性が高くなります。
- 個人保証の解除:株式譲渡のタイミングで、代表者の個人保証は原則として買い手企業に切り替わります。これは社長個人の家計・信用面でも大きな意味を持ちます。
- 税負担:株式譲渡益には分離課税がかかり、現行の目安はおよそ20.315%です(所得税・住民税等の合計)。清算して分配する場合にかかり得る配当課税と比べると、手取りベースで有利になるケースが多く見られますが、具体的な税額は個別事情によるため顧問税理士・当法人にご相談ください。
交渉期間は半年〜2年程度が目安です。業績が悪化してから、あるいは引退直前になって動き出すと、買い手から見た評価が下がり、価格交渉で不利になりやすい傾向があります。安定して黒字を出せているうちに動き始めるのが、創業者利益を最大化する基本的な考え方です。
判断の分かれ目はどこにあるか
廃業とM&Aのどちらを検討すべきか迷ったら、次の3点を自問してみてください。
- 会社に、社長が抜けても回る収益力・独自の顧客基盤・技術やノウハウがあるか
- 継続して雇用したい従業員がいるか
- 取引先との関係を途切れさせたくないと思っているか
このいずれかに「はい」と答えるなら、廃業の前にM&Aの可能性を一度検討する価値があります。逆に、事業の収益源が社長個人の人脈や技術に強く依存していて、社長が抜けると事業が成立しない場合は、買い手がつきにくく、廃業が現実的な選択肢になることもあります。中立に見極めるためにも、感覚だけで判断せず専門家による試算を挟むことをお勧めします。
迷ったら何から始めるか
「親族内承継でいく」「廃業する」と結論を急がず、まずは自社の価値を知ることから始めてください。具体的には次の順番です。
1. 自社のEBITDA・簿外の強みを整理する(税理士との打ち合わせ数時間で概算は出せます)
2. 複数のM&A仲介会社から試算を取り、金額を比較する(1社だけの提示額を鵜呑みにしない)
3. 従業員・取引先への情報開示タイミングを事前に設計する(交渉情報を社員に中途半端に漏らすと、主力社員の離職につながり、企業価値そのものが下がった事例もあります)
4. 事業承継税制など税制上の期限がある制度は、使えるかどうかを早めに確認する
事業承継税制(特例措置)には、自社株の相続・贈与税を実質ゼロにできる仕組みがありますが、特例承継計画の提出期限や対象となる相続・贈与の期限が定められており、今後の延長は見込みにくいとされています。期限や要件は改正の可能性もあるため、制度の詳細や最新の情報については、別途「事業承継税制」を扱った記事や顧問税理士・当法人へのご相談で必ずご確認ください。
まとめ:まず一つだけやるとしたら
「廃業するしかない」と決める前に、自社をM&A仲介会社や税理士に一度査定してもらってください。黒字企業であれば、想定より高い評価がつくケースも少なくありません。廃業かM&Aかの判断は、数字を見てから下すべきです。感覚で決めると、取り戻せない企業価値を失うことになりかねません。
M&Aの進め方や交渉の具体的な注意点については、M&A相談先を扱った記事もあわせてご覧ください。
💬 個別のご相談は初回無料相談で承っています → お問い合わせフォームはこちら
関連記事
- 顧問税理士に不満を感じたら|セカンドオピニオンと乗り換えの判断基準
- 【メディア掲載】
『幻冬舎ゴールドオンライン』にて弊社の代表 黒瀧の記事が掲載されました - MS法人(メディカルサービス法人)とは|設立のメリット・デメリットと税務の注意点
税理士法人グランサーズ所属の公認会計士・税理士、BackofficeForce株式会社 代表取締役CEO。中小企業オーナーの税務・資金繰り・銀行対応から経営判断までを一体で支援。YouTube「社長の資産防衛チャンネル」で情報発信を行う。
税理士法人グランサーズ所属の公認会計士・税理士、BackofficeForce株式会社 代表取締役CEO。数字の裏にある経営判断を重視し、中小企業オーナーの税務・資金繰り・銀行対応を支援。YouTube「社長の資産防衛チャンネル」で、経営者に向けて税務とお金の知識を発信しています。







