「会社を維持するのが面倒だから、法人をやめて個人事業主に戻りたい」——年商1〜5億円のオーナーからよく受ける相談です。しかし個人成り(法人を廃業して個人に戻ること)には、知らずにやると1,000万円単位で損をする3つの罠があります。畳む前に必ず確認してください。
罠1:法人の内部留保に、最大およそ55%の税金がかかる
最大の誤解が「個人に戻るだけなら税金はかからない」というものです。法人を清算すると、これまで法人に貯めてきた内部留保(純資産)を個人に戻す段階で課税されます。残余財産の分配は配当所得として総合課税の対象になり、所得が大きいほど税率が上がって所得税・住民税あわせて最大およそ55%に達します。「会社に残したお金は自分のお金」という感覚のまま清算すると、想定外の高額課税に直面します。
罠2:廃業には数ヶ月の時間と、数十万円の隠れコストがかかる
廃業は「いつでもすぐできる」ものではありません。解散 → 清算 → 残余財産の確定 → 清算結了の登記まで、最低でも数ヶ月かかります。途中には官報での解散公告(掲載費用おおむね7万円前後)や、清算にともなう登記費用・専門家報酬などの隠れコストが発生します。
あわせて注意したいのが登記の放置です。役員変更などの登記を長期間放置すると過料の対象になり、株式会社では最後の登記から12年が経過すると「みなし解散」として法務局側で解散扱いにされることがあります。「もう使っていないから」と放置するのが一番危険です。
罠3:法人だからこそ使えた節税手段を、すべて失う
個人成りをすると、法人特有の節税・資産形成の手段を一度に失います。代表的なものは次のとおりです。
- 欠損金の繰越(最大10年):赤字を将来の黒字と相殺できる権利
- 役員退職金:退職所得控除・1/2課税で圧倒的に有利な受け取り方
- 小規模企業共済・経営セーフティ共済:掛金の損金/所得控除と積立
- 役員社宅:個人の家賃負担を大きく圧縮できる仕組み
赤字だから法人をやめる、という判断も要注意です。赤字でも法人住民税の均等割(おおむね年7万円)はかかりますが、上記のメリットは赤字でも生きています。
畳む前に「使い倒す」3つの合法手法
どうしても法人をやめるなら、清算する前に法人の器を使い切ってから出るのが鉄則です。特に内部留保の“持ち出し方”で手取りが大きく変わります。
| 内部留保の移し方 | 課税の扱い | 有利さ |
|---|---|---|
| 配当(残余財産の分配)として受け取る | 配当所得・総合課税(最大約55%) | △ 高税率になりやすい |
| 役員報酬として受け取る | 給与所得+社会保険料の対象 | △ 社保負担も増える |
| 役員退職金として受け取る | 退職所得控除+1/2課税 | ◎ 最も有利 |
- 役員退職金の支給:在任年数に応じた退職所得控除が使え、税負担を大きく抑えて内部留保を個人へ移せる
- 小規模企業共済への加入・充実:将来の受け取りを退職所得扱いにでき、掛金は所得控除
- 役員社宅への切り替え:清算までの間、個人の住居費を法人負担に切り替えて手残りを最大化
第三の選択肢:「廃業」ではなく「休眠」という手もある
「今は使わないが、将来また事業をするかもしれない」「いずれ会社ごと売却(M&A)する可能性がある」——そんな場合は、廃業ではなく休眠という選択肢があります。売上ゼロで決算申告だけ続ければ、コストは均等割(おおむね年7万円)程度。法人格・許認可・欠損金を温存でき、将来の再開や売却に備えられます。
法人維持と個人成り、判断の目安
一般に課税所得が900万円を超えると、個人の所得税率(33%超)が法人の実効税率(およそ34%)を上回り、法人のほうが有利になりやすいラインです。「維持費がもったいない」という感覚だけで個人成りを決めると、税率と失う手段の両面で損をしがちです。
まとめ
個人成りは、①内部留保に最大約55%課税、②数ヶ月+数十万円の隠れコスト、③法人の節税手段の喪失、という3つの罠があります。「個人に戻る」は退路を断つ判断で、一度やると取り戻せません。畳む前に役員退職金・共済・社宅で会社を使い倒し、休眠も含めて出口を設計することが、手取りを最大化する鍵です。税務・法務・資本政策を一体で見られる専門家と、清算の前に設計してください。
中小企業オーナーの税務・資金繰り・銀行対応を専門とし、年間100社以上のオーナーと毎月面談。数字の裏にある経営判断を支援。
よくある質問
Q. 個人成りすると税金はかからないのですか?
法人を清算して内部留保(純資産)を個人に戻すと、残余財産の分配は配当所得として総合課税の対象になり、所得が大きいほど税率が上がって所得税・住民税あわせて最大およそ55%になります。「会社に残したお金は自分のもの」という感覚のまま清算すると高額課税になります。
Q. 赤字なら法人を廃業した方が得ですか?
必ずしもそうではありません。赤字でも法人住民税の均等割(おおむね年7万円)はかかりますが、欠損金の繰越(最大10年)・役員退職金・共済・役員社宅などの法人メリットは赤字でも生きています。維持費とメリットを比較して判断すべきです。
Q. 法人の廃業にはどれくらいの費用と時間がかかりますか?
解散→清算→清算結了の登記まで最低数ヶ月かかり、官報の解散公告(おおむね7万円前後)や登記費用・専門家報酬などの隠れコストが発生します。また役員変更登記を長期間放置すると過料の対象となり、株式会社は最後の登記から12年でみなし解散の対象になります。
Q. 法人を畳む前にやっておくべきことは何ですか?
内部留保を最も有利に個人へ移すため、①役員退職金の支給(退職所得控除で有利)、②小規模企業共済の活用、③清算までの役員社宅への切り替え、の3つが基本です。特に内部留保を配当でなく役員退職金で受け取れるかどうかで手取りが大きく変わります。
Q. 廃業と休眠はどちらがよいですか?
将来の再開・売却(M&A)の可能性が少しでもあるなら、休眠が有力です。売上ゼロで決算申告だけ続ければコストは均等割(年7万円程度)で、法人格・許認可・欠損金を温存できます。完全に退路を断つ廃業より、選択肢を残せます。




